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大津地方裁判所 昭和56年(ワ)353号 判決

原告

山崎敬

右訴訟代理人弁護士

折田泰宏

深尾憲一

被告

滋賀県

右代表者知事

稲葉稔

右訴訟代理人弁護士

遠藤幸太郎

浜田博

右訴訟復代理人弁護士

平柿完治

右指定代理人

藤本晃

岸上広司

西川豊弘

藤田幸生

冨田敏彦

今井幸治

小倉広雄

事実及び理由

第三 争点に対する判断

一  争点1(養蚕被害の発生及び本件防除との因果関係)について

5 薬剤飛来について

(一)(1)  愛媛県蚕業試験場は、NAC水和剤の蚕桑への影響を調査するために、NAC水和剤空中散布後当日の桑を最大光葉直下から五葉採取し、それぞれについて三〇頭の蚕(糸繭)について三令起蚕から上獲時まで連続給与し、その影響を調査したところ、次の表のようになった(〔証拠略〕)。

第一回散布(昭和五一年六月七日)後

調査圃場 距離(メートル) 吐液蚕 中毒死蚕

対照区 約四五〇〇 ○頭(○%) ○頭(○%)

大洲市杭瀬 約八〇 三(一〇) ○(○)

同市大竹 約五〇〇 〇(〇) 〇(〇)

同市黒木 約六〇〇 〇(〇) 〇(〇)

第二回散布(昭和五一年六月二三日)後

調査圃場 距離(メートル) 吐液蚕 中毒死蚕

対照区 約四五〇〇 ○頭(○%) ○頭(○%)

大洲市杭瀬 約八〇 五(一・六七) ○(○)

同市大竹 約五〇〇 〇(〇) 〇(〇)

同市黒木 約六〇〇 〇(〇) 〇(〇)

(2)  また、右検査にあたって採取した桑葉のNAC検出量は次のとおりである(〔証拠略〕)。

散布年月日昭和五一年 場所 採取年月日昭和五一年 散布前後 試料一検出量(ppm) 試料二検出量(ppm)

杭瀬 六・五 散布前 ― ―

六・七 散布後 一・三二〇 〇・〇一八

六・五 散布前 検出限界以下 検出限界以下

六・七 大竹 六・七 散布後 〇・一〇〇 〇・一〇五

黒木 六・五 散布前 検出限界以下 検出限界以下

六・七 散布後 〇・〇一四 〇・〇一二

六・二三 杭瀬 六・二二 散布前 〇・〇〇八 〇・〇〇五

六・二三 散布後 二・一五〇 二・三七〇

大竹 六・二二 散布前 〇・〇〇六 検出限界以下

六・二三 散布後 一・〇二〇 〇・九二〇

黒木 六・二二 散布前 検出限界以下 〇・〇〇五

六・二三 散布後 〇・〇三〇 〇・〇二八

(検出限界〇・〇〇五ppm)

(二)  茨城県蚕業試験場は、昭和五二年、セビモール(NAC四〇パーセント)原液を、噴霧器(クロマト用ガラススプレー二個)の後方から扇風機二台で送風しながら、小型コンプレッサーを用いて二ないし五ミリリットル散布し、噴霧器から二メートル、三・五メートル、五メートル及び七メートル離れた各場所に鉢植桑を散布方向と直角に五鉢ずつ配置し、散布後二日間は降雨の影響を避けるため室内に置き、以後は野外に放置し、散布当日、五、一〇、一六、二一、二五、三七日後にそれぞれ摘桑して、それぞれについて五〇頭(二五頭ずつ二つの集団に分ける)ずつの蚕(糸繭)に、三令起蚕から四令起蚕までの五日間連続給与して、中毒蚕(苦悶、吐液等)の発生を調査した。

その結果、三・五メートルの桑葉については三七日後まで中毒蚕の発生が認められたが、五メートルの桑葉については三七日後分について、七メートルの桑葉については一六日後分以降については中毒蚕の発生は認められなかった。

また、右実験の際のセビモールの落下量をミラコート(落下調査紙)を使って調査したところ、<1> 二メートル地点ではA粒子(粒径○・二ミリメートル)が一平方センチメートル当たり一六ないし三二個、B粒子(粒径○・五ミリメートル)が一平方センチメートル当たり一・六個、<2> 三・五メートル地点ではA粒子が一平方センチメートル当たり八ないし一六個、<3> 五メートル地点ではA粒子が一平方センチメートル当たり四個、<4> 七メートル地点ではA粒子が一平方センチメートル当たり二個以下であった(なお、いずれもA粒子未満の微細粒子が大部分を占めている。甲B二一)。

(三)  熊本県蚕業試験場は、昭和五二年、セビモール原液を三メートルの位置の桑鉢にそれぞれ九〇、六〇、三五、二〇秒散布し、各桑葉へのA粒子の落下数(同条件下でのミラコート紙上の落下数)と中毒蚕の発生との関係を調査するため(桑鉢は薬剤散布後屋外に放置)、薬剤散布当日、五、一〇、一五、二〇、二五日経過後の桑葉をそれぞれ五〇頭(二五頭ずつの二集団)ずつの蚕(糸繭)に、三令起蚕から四令起蚕までに連続給与した)、九〇秒(A粒子の落下数一平方センチメートル当たり一六個以下)については、二五日経過後でもかなりの中毒蚕の発生が認められ、六〇秒(A粒子の落下数一平方センチメートル当たり八個以下)及び三五秒(A粒子の落下数一平方センチメートル当たり四個以下)については、いずれも二五日経過後まで少数の中毒蚕の発生が認められたが、二〇秒(A粒子の落下数一平方センチメートル当たり二個以下)については、一五日経過後までは中毒蚕の発生が若干認められたが、二〇日経過後以降については中毒蚕の発生が認められなかった(〔証拠略〕)。

(四)  植村が、昭和五九年六月二一日に福岡市海の中道で実施された松枯れ防止のための農薬(スミチオン)の空中散布による飛散調査を行ったところ、林縁から約三・四キロメートル離れた地点において一平方メートル当たり○・二マイクログラムの落下量が測定された(〔証拠略〕)。

(五)(1)  農林水産航空協会が昭和四八年度に、ミラコートによって薬剤落下指数を調査する方法により、NAC剤の飛散状況を調査したところ、散布区域から五〇メートルの調査地点まではその飛散が確認されたが、一〇〇メートル以上の調査地点では飛散が確認できなかった(〔証拠略〕)。

また、右協会が昭和四九年度に、同様にミラコートを使う方法により、スミチオンの飛散状況を調査したところ、散布区域から二五メートルの調査地点までは飛散が確認されたが、五〇メートル以上の調査地点では飛散がないとの結果となった(〔証拠略〕)。

しかしながら、昭和五八年六月一二日に栃木県下都賀郡野木町において実施されたセビモール(成分・NAC四〇パーセント、散布量・一ヘクタール当たり七リットル、総量・八四リットル・一二ヘクタール分)の航空防除について、ミラコートによる方法と落下調査ろ紙に付着したものをガスクロマトグラフにより分析する方法によって、薬剤の漂剤飛散落下量を調査したところ、次のとおり、ある方向については、ミラコートによって検出できない二〇〇メートル以上の距離の地点〔ただし、それ以上の距離でも、落下指標Aの1(粒径〇・二ミリメートルの薬剤が一平方センチメートル当たり二個)以下の粒子数の検出ができたものはあった〕まで、ガスクロマトグラフにより分析する方法によって、薬剤が飛散落下していることが判明した(〔証拠略〕)。

距離(メートル) 最大ろ紙検出量(μg/cm2)

林内 三五・三六三

○(林縁) 一三・一〇九

五〇 二・一九九

一〇〇 〇・三八七

二〇〇 〇・〇六六

三〇〇 〇・一八六

四〇〇 〇・〇五五

五〇〇 〇・〇五五

六〇〇 〇・〇七〇

七〇〇 〇・〇一五

八〇〇 〇・〇二五

九〇〇 〇・〇三〇

一〇〇〇 〇・〇五四

(2)  また、右航空防除において、散布時のほぼ風下方向の桑葉を約三時間後に距離別に採取し、三令起蚕から四令起蚕までの蚕(糸繭)に一日二回連続給与し、中毒蚕の発生状況を調査し(一区五〇頭、二連制)、また右桑葉のNAC剤付着量を調査した結果は、次のとおりであった(〔証拠略〕)。

「中毒蚕発現率」

距離(メートル) 発現率(%) 距離(メートル) 発現率(%)

林内 一〇〇 四〇〇 八

〇(林縁) 一〇〇 五〇〇 三

五〇 一〇〇 六〇〇 三

一〇〇 八〇 七〇〇 二

二〇〇 二四 八〇〇 一

三〇〇 六 対照区 〇

なお、林内、林縁では桑葉給与当日に一〇〇パーセントの中毒蚕が発生し、四日目には死亡した。五〇メートルでは、桑葉給与当日に一〇〇パーセントの中毒蚕が発生し、死亡蚕は三日目から多発した。一〇〇、二〇〇メートルの中毒蚕は給与当日より重症蚕がみうけられ、一区は一五パーセント、二区は三パーセントが死亡した。三〇〇、四〇〇メートルでは桑葉給与当日から中毒蚕が認められたが、その後回復し死亡蚕は認められなかった。五〇〇、六〇〇、七〇〇メートルでは、それぞれ軽い中毒蚕が二区(一区につき五〇頭ずつ)共に一ないし二頭認められたが、その後回復し就眠及び四令起蚕となった。八〇〇メートルでは、一区で軽い中毒蚕が一頭が認められたが、その後回復し、対照区と比較して特にその変化は認められなかった。

「NAC剤付着量(正葉重量当たりの付着量)」

距離(メートル) 分析値ppm(実測値) (平均値)

林内 四五三と四五六 四五九

〇(林縁) 一〇九と一〇八 一〇八

五〇 三九・五と四〇・五 四〇・〇

一〇〇 七・五四と七・一七 七・三六

二〇〇 〇・八六六と〇・八九六 〇・八八一

三〇〇 〇・六八五と〇・七〇〇 〇・六九二

四〇〇 〇・三八三と〇・三八六 〇・三八四

五〇〇 〇・三七七と〇・三八一 〇・三七九

六〇〇 〇・〇二八三と〇・二六二 〇・二七二

七〇〇 〇〇七六と〇・〇七七 〇・〇七六

八〇〇 〇・〇六九と〇・七〇〇 〇・〇七〇

対照区 〇〇〇九と〇・〇〇九 〇・〇〇九

(六)  昭和五一ないし五二年にかけて奈良市内でのスミチオンの空中散布について飛散調査がなされたところ、散布区域から約三キロメートル離れた測定地点でもその飛散が確認された(〔証拠略〕)。

(七)  滋賀県においては、湖北地域でも養蚕が行われているところ、水稲航空防除及び松くい虫対策航空防除については、桑園から約一ないし一・五キロメートル(場合によっては約七〇〇メートル)離れた区域まで散布を実施し、散布後一週間経過をおおよその目安にして桑を採取することを指導しているところ、昭和六〇年八月ころ、水稲航空防除の日時の変更を知らずに採取した桑葉を蚕に給与してけいれんが発生したことが東浅井郡びわ町の農家で一例あっただけで、それ以外に航空防除により被害が生じたとの報告は得られていない(〔証拠略〕)。

(八)  福島市信夫山において、スミチオンの散布区域の縁から一〇〇ないし三〇〇メートルの距離の地点に自動大気採取装置を設置して一週間にわたるスミチオン濃度を調査したところ、大気中スミチオン濃度は散布直後から上昇し、以後増減を繰り返しながら次第に減少し、一週間で一〇分の一以下のレベルとなった(〔証拠略〕)。

(九)  原告桑園付近においては、昭和六二年六月一〇日から同年七月一四日の間の風向の傾向としては、西北西と東南東の風が多く、特に西北西の風が相当存在していたことがうかがわれる(〔証拠略〕)。

6 その他

(一)  原告桑園から約一キロメートルの距離に大甲賀カントリー油日コースのゴルフ場が存在し、松くい虫防除のための地上薬剤散布が行われている可能性がある(〔証拠略〕)。

(二)  栖野は、昭和五四年ころから、数回にわたって、滋賀県水口県事務所や甲賀地区農業改良普及所に電話や面談で、原告の近隣農家である西田正重が撒いた農薬で蚕が死亡したので、西田が蚕に有害な農薬の使用を中止するように指導して欲しいと申し入れていた。また、原告の近隣にある養鶏場で、鶏糞に農薬が撒かれていたおそれもある(〔証拠略〕)。

(三)  なお、全国統計及び滋賀県統計によると、一般に、春蚕に比べて初秋蚕及び晩秋蚕の箱当たり収繭量は少ない(〔証拠略〕)。

(四)  原告方蚕の異常について、原告桑園の桑葉、異常が発生した蚕の排出物や体内からNACが検出された旨の証拠は存在しない。

7 因果関係の判断

(一)  以上、原告の養蚕業の蚕の中毒症の被害発生と本件防除との関係を対比すると、

(1)  昭和五三年

<1> 被害発生

第二回目の掃立分(七月ころ)(掃立・七月六日、上蔟・七月三〇、三一日)

<2> 本件防除の日時と原告桑園との距離

六月一一、一五、二六日(原告桑園との最短距離・約一四・五キロメートル)

<3> 水稲航空防除は八月四ないし六日

(2)  昭和五四年

<1> 被害発生

第二回目掃立分(七月ころ)(掃立・五月三〇日、上蔟・六月二六、二七日)

第四回目掃立分(掃立・九月八日、上蔟・一〇月六ないし九日)

<2> 本件防除の日時と原告桑園との距離

六月一五日、二八日(原告桑園との最短距離・約一四・五キロメートルと約一八・九キロメートルの二か所)

<3> 水稲航空防除は八月六、八日

(3)  昭和五五年

<1> 被害発生

第二回目掃立分(七月ころ)(掃立・七月八日、上蔟・七月二八、二九日)

第三回目掃立分(掃立・九月一〇日、上蔟一〇月一一、一二日)

<2> 本件防除の日時と原告桑園との距離

六月一一、二五日(原告桑園との最短距離・約一四・五キロメートルと約一八・九キロメートルの二か所)

同月一四、二八日(原告桑園との最短距離・約一〇・五五キロメートル、約三・三キロメートル及び約三・八キロメートルの三か所)

<3> 水稲航空防除は八月四、一一ないし一三日

(4)  昭和五六年

<1> 被害発生

第一回目掃立分(六月)(掃立・五月一七日、上蔟・六月一九日)

第二回目掃立分(掃立・六月一七日、上蔟・七月一四、一五日)

第三回目掃立分(掃立・七月二三日、上蔟・八月一七、一八日)

第四回目掃立分(掃立・九月三日、上蔟・一〇月二ないし四日)

<2> 本件防除の日時と原告桑園との距離

六月一〇、二九日(原告桑園との最短距離・約一八・八五キロメートル)

同月一六、二七、二八日(原告桑園との最短距離・約一四・五キロメートル)

同月一六、二九日(原告桑園との最短距離・約一八・九キロメートル)

同月一七、二九日(原告桑園との最短距離・約一二・一キロメートル)

<3> 水稲航空防除は八月一一、一三日

となり、原告の主張と併せ考慮すれば、<1> 昭和五三年六月一一、一五、二六日に原告桑園との最短距離が約一四・五キロメートルの区域までで行った本件防除により、同年七月ころに蚕に中毒症が生じた、<2> 昭和五四年六月一五、二八日に原告桑園との最短距離が約一四・五キロメートルの区域までで行った本件防除により、同年七月ころに蚕に中毒症が生じた、<3> 昭和五五年六月一一、二五日に原告桑園との最短距離が約一四・五キロメートルの区域及び同月一四、二八日に原告桑園との最短距離が約三・三キロメートル区域までで行った本件防除により、同年七月ころと、同年九月ころ(ただし水稲航空防除と競合)に蚕の中毒症が生じた、<4> 昭和五六年六月一〇日に原告桑園との最短距離が約一八毒八五キロメートルの区域、同月一六、二七、二八日に原告桑園との最短距離が約一四・五キロメートルの区域、同月一七、二九日に原告を桑園との最短距離が約一二・一キロメートルの区域までで行った本件防除により、同年六ないし九月に蚕の中毒症が生じた(ただし八、九月は水稲航空防除と競合)ものであるか否かを検討しなければならないことになる。

(二)  しかしながら、(1) 前記5の(一)によれば、NAC水和剤空中散布後当日に、散布区域から約八〇、五〇〇及び六〇〇メートルの各地点の桑葉を採取し、調査したところ、いずれの桑葉からもNAC剤が検出されたが、右桑葉を三令起蚕から上獲時までの蚕に連続給与したところ、約八〇メートルの地点で採取した桑葉を給与した蚕に一〇パーセント(三〇頭中三頭)の吐液が認められたが、中毒死は発生せず、一方、約五〇〇及び六〇〇メートルの地点で採取した桑葉、並びに対照区として設定された散布区域から約四五〇〇メートルの地点で採取した桑葉を、右同様の方法で蚕に給与したところ、中毒蚕の発生は認められなかったこと、(2) 前記5の(二)によれば、ミラコートによる検出によって、セビモールのA粒子(粒径○・二ミリメートル)が一平方センチメートル当たり二個以下(A粒子未満の微細粒子が大部分を占めている)であった噴射器から七メートル地点の鉢植桑から、散布当日、五、一〇、一六、二一、二五及び三七日後にそれぞれ摘桑し、右桑葉を、五〇頭(二五頭ずつ二つの集団)ずつの三令起蚕から四令起蚕までの蚕に五日間連続給与して中毒の発生を調査したところ、一〇日後分までの桑葉を給与した蚕に中毒の発生が認められたが、一六日後分以降については中毒蚕の発生は認められなかったこと、(3) 前記5の(三)によれば、セビモールのA粒子の落下数が一平方センチメートル当たり二個以下であった桑鉢(二〇秒散布のもの)から、散布当日、五、一〇、一五、二〇及び二五日経過後にそれぞれ桑葉を採取し、右桑葉を、五〇頭(二五頭ずつ二つの集団)ずつの三令起蚕から四令起蚕までの蚕に連続給与して中毒の発生を調査したところ、一五日経過後分までは中毒蚕の発生が若干認められたが、二〇日経過後分以降については中毒蚕の発生が認められなかったこと、(4) 前記5の(五)によれば、セビモールの航空防除の際、ミラコートによっては、落下指数Aの1(粒径○・二ミクロンの薬剤が一平方センチメートル当たり二個)以下の粒子しか検出できなかった二〇〇メートル以上の距離の地点(二〇〇、三〇〇、四〇〇、五〇〇、六〇〇、七〇〇、八〇〇、九〇〇及び一〇〇〇メートルの各地点)においてもガスクロマトグラフによる分析によるとNAC成分が検出されたが、散布時から約三時間後にそのほぼ風下方向の桑葉を各距離ごとに採取した桑葉を、三令起蚕から四令起蚕までの蚕(一区五〇頭、二連制一〇〇頭)に一日二回連続給与したところ、五〇〇、六〇〇及び七〇〇メートルで採取した桑葉を給与した蚕には、一区(五〇頭)に一ないし二頭の軽い中毒症が認められ、八〇〇メートルで採取した桑葉を給与した蚕には、一区で一頭の軽い中毒症が認められただけであったこと、(5) 原告桑園の付近では水稲地上防除が行われており、前記4の(六)及び(七)によれば、原告桑園及びその近辺で水稲地上防除によるものと認められる薬剤成分が検出されていること、(6) 原告桑園と本件防除の最短距離が約一四・五キロメートルであった昭和五三、五四年や、右最短距離が約一二・一キロメートルであった昭和五六年にも原告蚕に中毒症と考えられる異常が発生していること(しかも同年の甲賀町病害虫防除協議会による水稲航空防除実施前においても発生)などが認められ、(7) 他方、原告方蚕の異常について、原告桑園の桑葉、異常が発生した蚕の排出物や体内からNACが検出された旨の証拠が存在しないばかりか、弁論の全趣旨によれば、原告桑園において、落下調査紙により薬剤が検出されておらず(前記説示のとおり、ミラコートによりA粒子一平方センチメートル当たり二個以下が検出された場合でも、一五、一六日経過後に採取した桑葉を与えた蚕から中毒症は発生していない)、また、仮に、原告桑園の桑葉への農薬NAC剤の付着があったとしても、極く徴量であるために、物理化学的手法を用いて検出することは不可能であること(前記説示のとおり、ガスクロマトグラフの方法等によりNAC成分が検出された桑葉を給与としても、右検出量が一定量以下であった桑葉を給与した蚕からは中毒症が発生していない)、(8) 糸繭蚕と比べた種繭蚕の薬剤に対する低抗力の程度は明らかとされていないこと、その他、前記1ないし6で認定の事実をも併せ考慮すると、原告の蚕の中毒症の発生と本件防除との因果関係は、たとえ原告主張の疫学的な手法をも考慮したとしても認めることはできず、その他本件全証拠によっても、右因果関係を認めるに十分とはいえない。

第四 結論

したがって、争点2(原告の損害額)について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないことになる。

(裁判長裁判官 河田貢 裁判官 本多知成 片山憲一)

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